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税理士並河の税界よもやま話【31】「鉄道とまちづくり(三多摩)」

   ★鉄道とまちづくり(三多摩)
 近代の日本では経済の発展に伴い、都市部に人口が集中して過密化が進み、郊外へと住宅地が広がりましたが、その移動手段等で鉄道の果たした役割は大きいものがありました。
 大阪を中心とする関西では早い時期から過密化が進み、私鉄王国と言われるほど私鉄の存在感が強く、かつてプロ野球球団をもつ電鉄会社がパ・リーグだけでも阪急、近鉄、南海と3社もありました。
 現在はセ・リーグの阪神のみですが、阪神は電鉄会社としては阪急と統合しています。
 私は上京して国分寺、武蔵村山、東村山、府中と移り住み、また勤務地が西東京市ひばりが丘ということで三多摩に縁があり、多摩には特別の愛着を感じています。
 三多摩は現在の北・南・西多摩は明治26年に神奈川県から東京府へ移管されましたが、もう一つの東多摩郡(今の中野区、杉並区あたり)は当初から東京府に所属していました。
 古代(律令時代)武蔵国の中枢にあたる国府は現在の府中にありました。
 JR中央線の前身である甲武鉄道が明治22年(1889年)新宿から八王子間に開業しましたが、運賃は三等30銭で米10kgと同じ値段なので庶民が気安く乗れる料金ではありませんでした。
 当時徒歩で八王子から新宿まで行った場合、わらじ代と昼食代、そして多摩川の渡し船賃で合計4銭となり、時間はかかっても安上がりになります。
 その頃の鉄道敷設の目的は旅客輸送よりも砂利、石灰石、木材といった建設用資材の貨物輸送が主でした。
ちなみに現在の同区間の運賃はJR中央線460円、京王線350円です。
  ★京王線のあゆみ
 戦後の多摩地区は東京の人口集中の受け皿として大規模団地建設等を通してベッドタウン化していきました。
 多摩を営業基盤としている京王電鉄の場合、沿線の住宅地開発と鉄道事業が一体的に経営する方針が貫かれ、沿線全体のグレードアップにつながりました。
 住宅開発が一段落した今、電鉄としては踏切の解消、バリアフリーといったインフラ整備だけでなく、①観光レジャー施設②歴史的名所(神社・仏閣等)③学園都市といったもののPRを行い、沿線のブランド力を一層高めて乗客のリピーター化に努め、究極的には他の地から京王沿線移住を招く魅力ある町作りに手を貸したいところです。
 観光といえば仏ミュシュランガイドで権威ある三星印の高尾山は年間の登山客が約260万人と世界一で、名物山菜そばとパワースポットの薬王院があり、おまけに紅葉シーズンとくれば、今流行の山ガールもほっとけない状態になるでしょう。
  ★多摩ニュータウン今昔
 多摩ニュータウンは東京都稲城市、多摩市、八王子市および町田市にまたがる日本最大のニュータウンとして民間主導ではなく、住宅都市整備公団(現都市再生機構)、東京都および東京都住宅供給公社が開発主体となってできたものです。
 昭和46年(1971年)3月の入居以来、年数が経過して就学児童が減少し、入居者の高齢化が進むとともに建物も老朽化して、コミュニテイは変容を迫られています。
 多摩センターの街を舞台にした宮崎アニメの「平成狸合戦ぽんぽこ」は傑作でしたが、同じく「耳をすませば」が聖跡桜ヶ丘の街、「となりのトトロ」は東村山の八国山緑地といった多摩地方がアニメの舞台となっています。
 住民、市町村自治体、鉄道会社は街づくりの運命共同体ですが、平成4年(1992年)に都市計画法が改正され、市町村が都市の将来像を描く「都市計画マスタープラン」ができて市町村の果たす役割が大きくなり、昨今の地方分権化の流れも相まって地域間格差が一層広がることが予想されます。
<文献参照 (財)東京都市町村自治調査会発行「多摩 鉄道とまちづくりのあゆみ」>
 

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