中小企業の賃上げ促進税制は、給与等支給額が前期より1.5%以上増えた中小企業者等が、増加額の15%(2.5%以上なら30%)を法人税額から控除できる制度です。令和8年4月1日以後に開始する事業年度は、教育訓練費の上乗せがなくなり、控除率は最大35%です。根拠は租税特別措置法第42条の12の5第2項で、令和6年度改正で新設された5年間の繰越控除により、赤字の年に控除しきれなかった分も翌期以後に使えます。本記事では、令和8年3月31日に成立した改正(所得税法等の一部を改正する法律、令和8年法律第12号)を反映した制度の全体像と、自社の事業年度がどちらの扱いになるかを整理します。
【令和8年度税制改正で決まったこと】
- 中小企業向け措置:教育訓練費を増やした場合の上乗せ(10%)が廃止されました。1.5%以上の増加で15%、2.5%以上の増加で15%の上乗せ、子育て・女性活躍の認定による5%の上乗せは残り、最大の控除率は35%(改正前45%)です。令和8年4月1日以後に開始する事業年度から適用され、同日前に開始した事業年度は従前どおりです(改正法附則第50条)。
- 全企業向け措置:法人は令和8年3月31日をもって廃止されました(個人は令和8年末をもって廃止)。
- 中堅企業向け措置(従業員2,000人以下の特定法人):要件を引き上げたうえで、適用期限(令和9年3月31日)の到来をもって廃止されます。
- 個人事業主:中小事業者向け措置の教育訓練費の上乗せの廃止は、令和9年分以後の所得税から適用されます(令和8年分は従前どおり。改正法附則第29条第1項)。
中小企業向け措置の対象は、令和9年3月31日までに開始する事業年度です。財務省の解説では、令和8年度は現行制度を維持し、期限の到来時に適用状況等を踏まえて必要な見直しを検討するとされています(財務省「令和8年度税制改正の解説」)。
賃上げ促進税制とは
賃上げ促進税制は、企業の積極的な賃上げを後押しするため、給与等支給額の前年度比増加額に対して法人税額(個人事業主は所得税額)から控除を行う制度です。中小企業者等の対象は次のとおりで、いずれも青色申告をしていることが前提です。
- 資本金または出資金の額が1億円以下の法人
- 資本または出資を有しない法人で常時使用従業員数1,000人以下
- 常時使用従業員数1,000人以下の個人事業主
- 農業協同組合等
ただし、同一の大規模法人から2分の1以上の出資を受ける法人などのいわゆるみなし大企業や、前3事業年度の所得金額の平均額等が15億円を超える法人(適用除外事業者)は対象外です。設立事業年度、合併以外の事由による解散の日を含む事業年度、清算中の事業年度も適用できません(租税特別措置法第42条の12の5第2項・第42条の4第19項第7号・第8号、国税庁 タックスアンサーNo.5432「措置法上の中小法人及び中小企業者」の「研究開発税制に規定する中小企業者」)。法人税の節税対策全般は法人税の節税対策|中小企業が活用すべき制度もあわせてご確認ください。
適用要件と控除率の構造
中小企業向け賃上げ促進税制の控除率は、事業年度の開始日によって次のとおりです。
| 要件 | 令和8年3月31日以前に開始した事業年度 | 令和8年4月1日以後に開始する事業年度 |
|---|---|---|
| 雇用者給与等支給額が前年比1.5%以上増加 | 15%(基本) | 15%(基本) |
| 雇用者給与等支給額が前年比2.5%以上増加 | +15%(合計30%) | +15%(合計30%) |
| 教育訓練費が前年比5%以上増加し、かつ雇用者給与等支給額の0.05%以上 | +10% | 廃止 |
| くるみん・えるぼし等の認定(両立支援) | +5% | +5% |
| 最大控除率 | 45% | 35% |
3月決算の法人なら、令和8年4月1日に始まった事業年度(令和9年3月期)から改正後の表になります。一方、12月決算の法人の令和8年12月期(令和8年1月1日開始)や、1月・2月決算の法人の令和8年2月・3月に始まった事業年度は、令和8年4月1日より前に開始しているため、改正前の表(教育訓練費の上乗せあり)で判定します。9月・10月・11月決算の法人がこれから申告する令和8年9月期・10月期・11月期も、令和7年中に始まった事業年度のため改正前の内容で判定します。個人事業主は、令和8年分が改正前、令和9年分以後が改正後です。
控除上限は「当期の調整前法人税額の20%」です。20%を超えて控除しきれない部分は、後述の5年繰越措置で翌期以降に繰り越せます。雇用者給与等支給額には役員給与等は含まれません。給与等支給額の集計から控除額を出すまでの手順と計算例は、賃上げ促進税制の適用ステップと計算例|令和8年度改正対応で解説しています。
税理士に相談したほうがよい場合
- 12月・1月・2月決算などで、令和8年4月1日より前に始まった事業年度があり、教育訓練費の上乗せを使えるか確かめたい
- 設立2期目や決算期の変更で前期の月数が違う、合併があったなど、前期との比べ方が通常と違う
- 赤字や税額が小さい年で控除しきれず、繰越の要件(毎期の明細書の添付など)を管理したい
- 役員の親族が従業員にいる、雇用関係の助成金を受けているなど、給与等支給額の集計に迷う
税理士法人みらいでは、顧問・決算業務の中で、給与等支給額の前期比の確認、適用できる控除率の判定、申告書の明細書の作成と繰越額の管理を担当します。給与計算の事務もお受けしており、社会保険・労働保険の手続きはグループの社会保険労務士法人みらいが担当します。給与計算の頼み方は給与計算は外注すべき?税理士と社労士に頼む範囲と費用、顧問の内容は税務・会計顧問でご覧いただけます。
上乗せ要件(教育訓練費・両立支援)
教育訓練費の上乗せ要件(令和8年3月31日以前に開始した事業年度のみ)
教育訓練費の額が比較教育訓練費の額(前1年以内に開始した各事業年度の平均)より5%以上増加し、かつ雇用者給与等支給額の0.05%以上であれば+10%の上乗せが適用されます。令和8年4月1日以後に開始する事業年度では使えません。教育訓練費の範囲は、自社で研修を行う場合の外部の講師等への謝金・旅費や施設・設備の賃借料、外部に委託した研修の費用、外部の研修・講習の受講料などです。自社の役員・使用人が講師を務める場合の人件費は含まれません。上乗せを使う場合は、研修の実施時期・内容・対象者や、支出の年月日・内容・金額・相手先を記載した書類を保存します(国税庁 タックスアンサーNo.5927-2)。
両立支援の上乗せ(くるみん・えるぼし)
2024年度改正で新設された両立支援の上乗せは、令和8年4月1日以後に開始する事業年度も残ります。その事業年度においてくるみん認定・えるぼし認定を受けたこと(いずれも一定の場合に限ります)、またはその事業年度終了の時にプラチナくるみん・プラチナえるぼしの認定を受けていることのいずれかに当たれば、+5%の上乗せが受けられます(租税特別措置法第42条の12の5第2項第2号)。認定の申請には準備期間がかかるため、適用したい事業年度より前から計画しておくと安心です。
5年繰越措置の活用
2024年度(令和6年度)税制改正で新設された繰越控除措置により、中小企業は控除しきれなかった金額を翌期以降5年間繰り越せるようになりました。これにより、当期が赤字または法人税額が小さい場合でも、将来の黒字年度で控除メリットを享受できます。
- 繰越対象:当期に控除しきれなかった金額(控除限度超過額)
- 繰越期間:翌期以後5年間
- 繰越年度の要件:その繰越年度において、雇用者給与等支給額が前期を上回ること
- その他の要件:繰越税額が生じた年度から連続して青色申告をし、毎期の確定申告書に繰越額の明細書を添付すること
設立事業年度は本制度の対象外ですが、2期目以後に給与等支給額の要件(前期比1.5%以上の増加)を満たした年は、赤字で控除しきれなかった分を繰り越せます。研究開発税制など他の税額控除も使う場合は、あわせて見込みを立てておくと安心です。詳しくは研究開発税制(R&D税制)の活用メリットもご確認ください。
申告手続きと必要書類
賃上げ促進税制は、確定申告書に控除額の計算の明細を記載した書類を添付することで適用を受けます。税務署への事前の申請は不要ですが(両立支援の上乗せを使う場合は、くるみん・えるぼし等の認定が要件です)、適用額明細書の添付も必要で(国税庁 タックスアンサーNo.5932)、要件充足を客観的に示す資料の保存が重要です。
| 書類 | 内容 |
|---|---|
| 法人税申告書の別表六(二十四)と付表一 | 別表六(二十四)(給与等の支給額が増加した場合の法人税額の特別控除に関する明細書)と付表一(給与等支給額、比較教育訓練費の額及び翌期繰越税額控除限度超過額の計算に関する明細書)。令和8年4月1日以後に終了する事業年度分の様式が国税庁サイトに掲載されています |
| 適用額明細書 | 租税特別措置の適用を受ける場合に添付 |
| 給与等支給額の集計表 | 雇用者給与等支給額・前年度比較 |
| 教育訓練費明細 | 令和8年3月31日以前に開始した事業年度で教育訓練費の上乗せを使う場合。研修費・講師料・受講料の領収書等 |
| くるみん・えるぼし認定通知書 | 両立支援加算を適用する場合 |
令和8年度税制改正の他のポイントは、制度ごとの適用時期を一覧にした令和8年度税制改正で中小企業・個人事業主が確かめることと、決算・経理で手を動かすことに絞った2026年度税制改正の実務|中小企業が決算・経理ですることで整理しています。
よくある質問
Q. 個人事業主も適用できますか?
A. 常時使用する従業員の数が1,000人以下の、青色申告をする個人(中小事業者)であれば適用できます(事業を開始した年と、事業を廃止した年を除きます)。所得税額からの控除となります。個人の場合、教育訓練費の上乗せの廃止は令和9年分以後の所得税から適用され、令和8年分は改正前の内容です。
Q. 役員報酬の引き上げは対象になりますか?
A. 雇用者給与等支給額には役員・特殊関係者への給与は含まれないため、役員報酬の引き上げは控除対象になりません。役員報酬の改定は役員報酬の改定タイミングと税務上の留意点で別途解説しています。
Q. 中途採用者の給与増加は反映されますか?
A. 雇用者給与等支給額は、その事業年度の損金の額に算入される国内雇用者全体の給与等の支給額で判定するため、新規採用による増加も含まれます。
まとめ
中小企業の賃上げ促進税制は、給与等支給額が前期比1.5%以上増加すれば15%、2.5%以上なら30%を税額控除でき、認定による5%の上乗せを加えると、令和8年4月1日以後に開始する事業年度は最大35%です。教育訓練費の上乗せ(10%)は、同日前に開始した事業年度(12月決算法人の令和8年12月期など)と、個人事業主の令和8年分まで使えます。控除しきれない分は5年間繰り越せるため、赤字の年も明細書の添付と繰越額の管理を続けることが大切です。賃上げの計画は、中期の経営計画と資金繰りの見通しに組み込んでおくと判断しやすくなります(経営計画と資金調達の連携で実現する成長戦略)。個別の判断に迷う場合は、税理士にご相談ください。
参考にした一次情報(出典)
- e-Gov法令検索:租税特別措置法第42条の12の5・第42条の4第19項(2026年10月16日施行の現行版)、所得税法等の一部を改正する法律(令和8年法律第12号)の改正履歴
- 財務省「令和8年度税制改正の解説」(令和8年度税制改正について、租税特別措置法等(法人税関係)の改正、租税特別措置法等(所得税関係)の改正)
- 国税庁「令和8年度 法人税関係法令の改正の概要」
- 国税庁 タックスアンサーNo.5927-2「給与等の支給額が増加した場合の法人税額の特別控除(中小企業者等における賃上げ促進税制)」、No.5932「租特透明化法の制定に伴う適用額明細書について」、No.5432「措置法上の中小法人及び中小企業者」
- 国税庁「令和8年4月以降に提供した法人税等各種別表関係(令和8年4月1日以後終了事業年度等分)」(いずれも2026年10月時点)
実務の現場から:当事務所には、設備投資や賃上げの前に「使える税制優遇はあるか」というご相談が多く寄せられます。適用要件と手続の期限を先に確認しておくことが、取りこぼしを防ぐ最大のポイントです。
ご注意(免責事項):本記事は2026年10月時点の法令および公的機関の公表資料にもとづく一般的な解説です。税制・社会保険制度は改正されることがあり、同じ制度でも個別の事情によって取扱いが変わります。実際のご判断にあたっては、税理士など専門家にご相談ください。本記事の情報にもとづく判断により生じた損害について、当事務所は責任を負いかねます。
税理士法人みらい(東京都西東京市ひばりが丘)。昭和58年開業、平成18年に税理士法人として設立。ISO9001認証取得。元国税局OBを含む税理士4名が在籍し、税務・会計から給与計算までを担当しています。社会保険・労働保険の手続きはグループの社会保険労務士法人みらい、許認可は行政書士法人みらいが担当し、窓口をまとめてご相談いただけます。〒202-0002 東京都西東京市ひばりが丘北3-4-1 みらいビル2F/TEL 042-422-7440(平日9:00〜18:00)/税理士法人番号 第1218号