中小企業向けの賃上げ促進税制は、従業員への給与等の総額が前期より1.5%以上増えれば増加額の15%、2.5%以上なら30%を法人税額から控除できる制度です。令和8年度税制改正で、令和8年4月1日以後に開始する事業年度から教育訓練費の上乗せが廃止され、控除率は最大45%から最大35%になりました。
控除できる額は調整前法人税額の20%が上限で、控除しきれない分は5年間繰り越せます。根拠は租税特別措置法第42条の12の5(令和8年4月1日以後に開始する事業年度は第2項、同日前に開始した事業年度は改正前の第3項)です。個人事業主には所得税の同様の制度(租税特別措置法第10条の5の4)があり、こちらの改正は令和9年分以後の所得税から適用されます。本記事では、法人の制度について、適用の判定から申告書の別表までを順に整理します。
賃上げ促進税制とは(中小企業向け)
中小企業向けの措置の概要は次のとおりです(2026年10月時点の租税特別措置法第42条の12の5第2項、国税庁タックスアンサーNo.5927-2)。
| 項目 | 内容(中小企業者等) |
|---|---|
| 対象 | 青色申告書を提出する中小企業者等 |
| 対象期間 | 平成30年4月1日から令和9年3月31日までの間に開始する事業年度(全企業向け・中堅企業向けの措置の適用を受ける事業年度、設立事業年度、解散(合併による解散を除く)の日を含む事業年度、清算中の事業年度を除く) |
| 基本の要件と控除率 | 雇用者給与等支給額が前期より1.5%以上増加で、増加額の15% |
| 上乗せ | 2.5%以上増加で+15%、両立支援(くるみん・えるぼし等の認定)で+5%、教育訓練費で+10%(令和8年4月1日前に開始した事業年度のみ) |
| 控除の上限 | 調整前法人税額の20% |
| 繰越 | 控除しきれない額を5年間繰越し |
中小企業者とは、基本的に資本金1億円以下の法人です。ただし、大規模法人に発行済株式の2分の1以上を所有されている法人や、前3年以内に終了した事業年度の所得の平均が年15億円を超える法人(適用除外事業者)などは除かれます(国税庁タックスアンサーNo.5432)。制度の全体像は中小企業の賃上げ促進税制(2026年度)活用ガイドもご参照ください。
令和8年度改正で変わったこと
令和8年度税制改正(所得税法等の一部を改正する法律、令和8年法律第12号)で、賃上げ促進税制は次のように見直されました。中堅企業向けと中小企業向けの見直しは令和8年4月1日以後に開始する事業年度から適用され、同日前に開始した事業年度は改正前の制度のままです(改正法附則第50条)。
| 区分 | 改正前 | 改正後 |
|---|---|---|
| 全企業向け(大企業を含む) | 継続雇用者の給与等が3%以上増加で10%(上乗せを含め最大35%) | 令和8年3月31日をもって廃止(同日までに開始した事業年度が対象) |
| 中堅企業向け(常時使用する従業員2,000人以下の特定法人。グループで1万人超の法人を除く) | 継続雇用者3%以上で10%、4%以上で+15%、教育訓練費+5%、両立支援+5% | 4%以上で10%、5%以上で+5%(6%以上で+15%)、両立支援+5%。教育訓練費の上乗せは廃止。措置自体も適用期限(令和9年3月31日)の到来をもって廃止することとされています(財務省「令和8年度税制改正の解説」) |
| 中小企業向け | 1.5%以上で15%、2.5%以上で+15%、教育訓練費+10%、両立支援+5%(最大45%) | 教育訓練費の上乗せを廃止し、ほかは維持(最大35%) |
中小企業向けで改正前と改正後のどちらが適用されるかは、事業年度の開始日で決まります。1年決算の会社の場合、次のようになります。
| 決算月 | 改正前の制度(教育訓練費の上乗せあり) | 改正後の制度(上乗せなし) |
|---|---|---|
| 3月決算 | 2026年3月期(2025年4月1日開始)まで | 2027年3月期(2026年4月1日開始) |
| 9月決算 | 2026年9月期(2025年10月1日開始)まで | 2027年9月期(2026年10月1日開始) |
| 12月決算 | 2026年12月期(2026年1月1日開始)まで | 2027年12月期(2027年1月1日開始) |
9月決算の会社がいま決算・申告を進めている2026年9月期や、12月決算の会社の2026年12月期は、改正前の制度が適用されます。12月決算の会社にとっては、2026年12月期が教育訓練費の上乗せを使える最後の事業年度です。また、中小企業向けの措置の対象は令和9年3月31日までに開始する事業年度で、表の「改正後」の欄の事業年度は、2026年10月時点の法律で対象となる最後の事業年度にあたります。それより後に開始する事業年度は現行法の対象期間に含まれておらず、延長されるかどうかは今後の税制改正によります。
STEP1:対象の確認と増加率の判定
まず、青色申告書を提出する中小企業者等であること、その事業年度が設立事業年度・解散(合併による解散を除く)の日を含む事業年度・清算中の事業年度でないことを確認します。次に、当期と前期の給与等の総額を比べて増加割合を求めます。
- 雇用者給与等支給額:当期の損金に算入される、国内雇用者に対する給与等(賞与を含む)の額
- 比較雇用者給与等支給額:前期の同じ額(前期の月数が当期と異なる場合は月数に応じて調整)
- 国内雇用者:国内の事業所の賃金台帳に記載された使用人。役員、役員の親族など役員と特殊の関係のある者、使用人兼務役員は除く
増加割合 =(雇用者給与等支給額 - 比較雇用者給与等支給額)÷ 比較雇用者給与等支給額
| 増加割合 | 控除率 |
|---|---|
| 1.5%以上 | 15% |
| 2.5%以上 | 30%(15%+15%) |
比較雇用者給与等支給額が0の場合は、要件を満たさないものとされます(国税庁タックスアンサーNo.5927-2)。決算賞与も当期の損金に算入されれば給与等支給額に含まれますが、当期の支給額は翌期の比較の基準になる点も踏まえて判断します(中小企業の決算賞与の税務処理と支給判断)。
STEP2:上乗せ要件の確認
基本の控除率に、満たした要件の分だけ加算されます。
- 給与等支給額の増加割合が2.5%以上:+15%
- 両立支援:事業年度中にくるみん認定・えるぼし認定(いずれも一定の区分のもの)を受けた、または事業年度終了の時にプラチナくるみん・プラチナえるぼしの特例認定を受けている:+5%
- 教育訓練費(令和8年4月1日前に開始した事業年度のみ):教育訓練費が比較教育訓練費の額より5%以上増え、かつ雇用者給与等支給額の0.05%以上:+10%。教育訓練の実施時期・内容・対象者、費用の支出年月日・金額・相手先の明細の保存が必要
| 事業年度 | 最大の控除率 |
|---|---|
| 令和8年4月1日前に開始 | 45%(15%+15%+10%+5%) |
| 令和8年4月1日以後に開始 | 35%(15%+15%+5%) |
教育訓練費の対象は、外部の講師への謝金、研修のための施設の賃借料、外部の研修の受講料など、国内雇用者の職務に必要な技術や知識を身につけさせるための費用です。くわしくは中小企業の人材育成投資と教育訓練費の税務で解説しています。
STEP3:控除額の計算と上限(計算例)
- 控除限度額 = 控除対象雇用者給与等支給増加額 × 控除率
- 控除対象雇用者給与等支給増加額:雇用者給与等支給額 - 比較雇用者給与等支給額(給与に充てる雇用安定助成金を受けている場合は、それを除いて計算した増加額が上限)
- 当期に控除できる額の上限:調整前法人税額(税額控除をする前の法人税額)の20%
令和8年4月1日以後に開始する事業年度で、雇用安定助成金がない場合の計算例です。
| 項目 | 金額・割合 |
|---|---|
| 前期の雇用者給与等支給額 | 4,000万円 |
| 当期の雇用者給与等支給額 | 4,120万円 |
| 増加額(増加割合) | 120万円(3.0%) |
| 控除率 | 30%(2.5%以上) |
| 控除限度額 | 36万円(120万円×30%) |
| 上限(調整前法人税額が150万円の場合) | 30万円(150万円×20%) |
| 当期に控除できる額 | 30万円 |
| 翌期以後に繰り越せる額 | 6万円 |
同じ会社がくるみん認定などで両立支援の要件も満たすと、控除率は35%、控除限度額は42万円です。当期に控除できるのは上限の30万円で、12万円を繰り越します。
控除しきれない場合の5年繰越
中小企業者等は、上限を超えて控除しきれなかった金額(繰越税額控除限度超過額)を、翌期以後5年間繰り越せます(租税特別措置法第42条の12の5第3項。改正前の条文では第4項)。
- 繰り越した額を控除する事業年度でも、雇用者給与等支給額が比較雇用者給与等支給額を上回っていることが必要
- 控除できるのは、その事業年度の調整前法人税額の20%(その期の賃上げ促進税制による控除と合わせて)まで
- 繰越額が生じた事業年度から控除する事業年度まで、連続して青色申告書を提出していることが前提
- 繰越額が生じた事業年度以後は、控除を受けない期も含めて毎期の確定申告書に明細書を添付する
赤字で法人税額がない年も、増加割合の要件を満たせば控除限度額が計算され、その全額が繰越しの対象になります(その年の申告書にも明細を添付します)。黒字になった年に給与等支給額が前期より増えていれば、繰り越した額を控除できます。
税理士に相談したほうがよい場合
ご自身で判定できる場合も多い制度ですが、次のような場合は決算の前に一度確認しておくと安心です。
- 事業年度の開始日が令和8年4月1日の前か後かで、教育訓練費の上乗せを使えるかが分かれる
- 役員の親族が従業員として働いている、使用人兼務役員がいるなど、国内雇用者に入る人と入らない人の区分が必要
- 給与に充てる助成金を受けている、決算期を変更した、前期の月数が当期と違うなど、比較の計算に調整が必要
- 法人税額が少ない年が続き、繰越額を5年間管理する必要がある
- 決算賞与や昇給で、前期比1.5%以上・2.5%以上にできるかを決算前に試算したい
当事務所が担当すること:税理士法人みらいでは、賃金台帳や給与の集計から当期・前期の給与等支給額を比較計算し、増加割合と控除額・上限を求めたうえで、決算・法人税申告の中で適用できるかを判断し、別表六(二十四)とその付表の作成、繰越額の管理まで行います。決算と申告だけのご依頼の範囲は決算だけ税理士に頼める?依頼できる範囲と、年1回の依頼で気をつけること、顧問契約の料金の考え方は税理士の顧問料の相場と選び方|料金体系と依頼のタイミングで解説しています。
当事務所の料金は、サービス案内に「新設法人の顧問料等報酬料金表」を掲載しています(決算報酬は年間売上高500万円未満で150,000円など、売上高と月の仕訳件数に応じた額です)。既存の法人の顧問料・決算報酬は、内容をうかがってご案内します。月次からの顧問の内容は税務・会計顧問、ご相談はお問い合わせからどうぞ。
申告書の別表と保存資料
適用を受けるには、確定申告書等に、控除対象雇用者給与等支給増加額、控除を受ける金額とその計算の明細を記載した書類を添付します。控除の計算の基礎になる増加額は、確定申告書等に添付した書類に記載した金額が限度です(租税特別措置法第42条の12の5第6項)。制度の適用のために税務署へ事前に申請する手続きはなく、申告書への明細の添付が要件です。
| 書類 | 内容 |
|---|---|
| 別表六(二十四) | 給与等の支給額が増加した場合の法人税額の特別控除に関する明細書 |
| 別表六(二十四)付表一 | 給与等支給額、比較教育訓練費の額及び翌期繰越税額控除限度超過額の計算に関する明細書 |
| 適用額明細書 | 租税特別措置法の税額控除などの適用を受ける場合に法人税申告書に添付(添付しないと適用を受けられません) |
| 保存が必要な資料 | 教育訓練費の上乗せを使う場合(令和8年4月1日前に開始した事業年度)は、教育訓練の実施時期・内容・対象者、費用の明細 |
| 手元に置いておきたい資料 | 当期・前期の賃金台帳と給与等支給額の集計表、両立支援の認定を確認できる書類 |
令和8年4月1日以後に終了する事業年度は、国税庁が「令和8年4月1日以後終了事業年度分」として公表している様式を使います。この様式の記載の仕方は、改正後の条文と改正前の条文(令和8年旧措置法)の両方の適用に対応しているため、2026年9月期・12月期のように改正前の制度が適用される事業年度も、同じ様式に記載します。
よくある質問
Q. 役員報酬の増加も対象になりますか?
A. 対象になりません。判定に使う給与等は国内雇用者に対するもので、国内雇用者からは役員のほか、役員の親族など役員と特殊の関係のある者や、使用人兼務役員が除かれます。パートやアルバイトも、国内の事業所の賃金台帳に記載された使用人であれば含まれます。
Q. 設立初年度でも適用できますか?
A. できません。設立の日を含む事業年度(設立事業年度)は対象外です。2期目からは前期と比べて判定し、前期の月数が当期と異なる場合は、前期の給与等支給額を月数に応じて調整して比べます。
Q. 教育訓練費の上乗せはまだ使えますか?
A. 令和8年4月1日より前に開始した事業年度であれば使えます。教育訓練費が比較教育訓練費の額より5%以上増え、かつ雇用者給与等支給額の0.05%以上であれば控除率に10%が加算され、教育訓練の内容や費用の明細を保存する必要があります。令和8年4月1日以後に開始する事業年度では、この上乗せは廃止されています。
Q. 赤字で法人税がかからない年でも意味はありますか?
A. あります。その年は控除できる法人税額がありませんが、中小企業者等は控除しきれなかった金額を5年間繰り越せます。繰り越した額を控除する事業年度でも雇用者給与等支給額が前期を上回っていることが必要で、繰越額が生じた事業年度以後は毎期の確定申告書に明細書を添付します。
まとめ
中小企業向けの賃上げ促進税制(租税特別措置法第42条の12の5)は、雇用者給与等支給額が前期より1.5%以上増えれば15%、2.5%以上なら30%を控除でき、両立支援の要件を満たすと5%が加算されます。令和8年度改正で、令和8年4月1日以後に開始する事業年度から教育訓練費の上乗せ(+10%)が廃止され、最大控除率は35%になりました。同日前に開始した事業年度(3月決算の2026年3月期、9月決算の2026年9月期、12月決算の2026年12月期など)は改正前の制度で、最大45%です。全企業向けの措置は令和8年3月31日で廃止され、中堅企業向けは要件が引き上げられました。控除額は調整前法人税額の20%が上限で、控除しきれない額は5年間繰り越せます。適用には別表六(二十四)と付表一、適用額明細書の添付が必要です。
参考にした一次情報(出典)
- 財務省「令和8年度税制改正の解説」(租税特別措置法等(法人税関係)の改正「十一 給与等の支給額が増加した場合の法人税額の特別控除制度」、租税特別措置法等(所得税関係)の改正「八 給与等の支給額が増加した場合の所得税額の特別控除制度の改正」)、「令和8年度税制改正の大綱」
- 国税庁「令和8年度 法人税関係法令の改正の概要」、タックスアンサーNo.5927・No.5927-2・No.5927-3・No.5432・No.5932、「令和8年4月以降に提供した法人税等各種別表関係(令和8年4月1日以後終了事業年度等分)」(別表六(二十四)・同付表一・記載の仕方)
- e-Gov法令検索(デジタル庁)租税特別措置法第42条の12の5(2026年10月時点の現行条文)
実務の現場から:当事務所には、設備投資や賃上げの前に「使える税制優遇はあるか」というご相談が多く寄せられます。適用要件と手続の期限を先に確認しておくことが、取りこぼしを防ぐ最大のポイントです。
ご注意(免責事項):本記事は2026年10月時点の法令および公的機関の公表資料にもとづく一般的な解説です(出典はいずれも2026年10月時点で確認)。税制・社会保険制度は改正されることがあり、同じ制度でも個別の事情によって取扱いが変わります。実際のご判断にあたっては、税理士など専門家にご相談ください。本記事の情報にもとづく判断により生じた損害について、当事務所は責任を負いかねます。
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