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赤池三男第十五話「- 芸名はご法度だった -」(H24.9.25)

 参議院は、元貴族院だから芸名やニックネームはいけません。
 選挙の時は、ニックネーム(通称)で良いが、国会活動では、戸籍上の名前を使用しなくてはいけない。嘗て、こんな決まりが有った。
 衆議院では、ニックネームを使用してもよいことになっていた。名の知れ渡った議員さんでは、日本共産党の不破哲三議員の、本名は上田健二郎。
 昭和40年代中半~、参議院にいわゆる、タレント議員が多数当選してきた。参議院は芸能院とも陰で称された。
 参議院では、選挙の時には、タレント名で良いが、院内では、戸籍上の名前を使用しなくてはならない決まりだったが。
 その後、平成9年に、参議院でも、芸名・ニックネームでも良いことになった。
 当時、参議院の廊下や控室にはテレビで見た有名タレント(俳優・歌手・落語家・作家・スポーツ選手…。)が20人を超えていた。芸能院と言われる由縁(ゆえん)である。
 我々若手国会担当者は、質問取りなどで政府側として、これら有名人にお会いできるのは、息抜きだった。あまり難しい質問は無かったが、丁寧に取らないと、答えにくいものが有った。
 自由民主党の一龍斉貞鳳さんは、講談師(好男子でもあった)。NHKテレビ「お笑い三人組」に出演して、人気が有った。本名今泉正二。田中派に属していた。
 本名松岡克由さんは、落語家立川談志さん。落語界の異端児とも言われていた。立川流を創立、古典落語では、第一人者だった。
 国税庁は、決算委員会で、入場税について、質問を受けたことが有った。自由民主党。
 時は同じではなかったが、第二院クラブには芸能議員が何人か属していた。
 野末珍平さんは参議院ではペンネームが使えないから戸籍名の「和彦」を名乗っていた。二院クラブなどの時代、参議院大蔵委員会に属していたから、国税庁にも、お馴染の議員だった。後に戸籍を「陳平(チンペイ)」と変えた。政党を幾つも変え20年間議員をしていた。
 自ら「俺は、芸能議員だ」を名乗り、著したコロムビア・トップさんは、本名下村泰(ゆたか)さん。漫才のコロムビア・トップ、ライトで庶民の人気を博していた。青空一問の領首。
 初回の選挙で開票が遅れて、なかなか当選が決まらなかった。開票の最後に当選が決まった「最後でもトップ」だった。院内では、政府側に、下村先生と呼ばせず、「師匠」と呼ばせた。社会福祉に力を注ぎ、18年間議員をしていた。
 横山ノックさんは、上方漫才漫画トリオ出身。ステージで「パンパカパーン」とかやって、人気が有った。本名山田勇。山田はありふれた名前で、平凡な議員名。議員退職後、平成7年大阪府知事となり、11年に落選した。
 女性議員では、自由民主党、山東昭子さんがいた。少年時代に雑誌のグラビアで見た、幼い綺麗なタレントさんが、目の前にいて心を弾ませた。山東さんは今でも現職議員でいる。本名も同じ。参議院副議長を務めたことも有る。
 扇千影さんは、宝塚のご出身。テレビコマーシャルで、「私にも写せます~」京都弁で言われて、魅力的な人だった。後に党首になったし、議長も務めた。
 その後も、野球界、プロレスなどのスポーツ界、映画テレビ界など、テレビで見る人気者を沢山院内で見かける。
 参議院の現職、自民党女優、三原じゅん子さん。宝塚出身公明党松あきらさんは、芸名のままとおしている。

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