赤池三男第十九話「- お茶と税務署 -」(H25.2.26)


 一期一会の意味は、生涯にただ一度まみえること、一生に一度限りであること。
茶道の心得だそうだ。茶道(ちゃどう)茶の湯に寄って精神を修養し、これを他人と行って交際礼法を極めることを意味するとある。
お茶は日本人に会った飲み物の他に、礼儀作法も入っている。
 
 日本では、来訪者に必ずお茶を出して客を接待する。礼儀でもある。出されたお茶は、必ず残さず戴く。良き風習である。
 
 税務調査に訪れた調査官に、礼法に沿ってお茶を出した。「ご苦労様です」と言ってー。ところが、その調査官はお茶には手を出さなかった。冷め切ってしまったのでお茶を入れ替えた。若い調査官はチラッとみて、
これにも手を出さなかった。(この人は、お茶が嫌いなのかなあ。日本人でお茶や海苔が嫌いな人は、例外的にも聞いた事がないが。)
 
 気を使って「コーヒーにしましょうか」と申し出たら、茶とコーヒーを断った理由を、首を振って言った。「ご馳走になると、調査に差し支えるから」。
 つまり饗応に成るらしかった。加えて、昼食を出そうとしたら、もっと酷い言葉が返ってきた。「税務署員は、納税者に御馳走に成らない!」
 
京都では、「オブでもいかがですか」と極めて儀礼的な挨拶代りに言うらしい。
まったく同じ感覚で言ったとしてもだ。
 
 それならば言い返してやりたい。別に、お茶や食事を出したからと言って税金を負けて貰おうという、けちな考えはまるでない!
 
 昭和42年、大阪国税局長高木文雄さんが、管内職員に通達を出した。
 高木さんは昭和41年8月~43年6月まで、二年間大阪局長を務めた。後に事務次官に成った。大蔵省退官後、国鉄総裁になった。
ユニークな発想だから、引く手あまただった。その高木局長が、調査に行ったら「出されたらお茶と紅茶はご馳走に成っても良いが、コーヒーはダメ」といって、国民の感心を買った。
 
 お茶は日本のもの。紅茶とコーヒーは洋物。洋物の片方はよくて、片方はダメ?
国民の多くは、真意が掴めなかった。
 
 通達を出した高木局長の解説。コーヒーと違って、お茶は申すまでもないが、紅茶は古くから我が国に普及し定着した飲料。
 
 通達を出した当時、コーヒーは庶民には馴染が薄く、喫茶店などコーヒー専門店から取り寄せなければならないもの。
 つまりコーヒーは高価であり、お茶や紅茶は庶民でも手が届く、接待飲料である、と職員や納税者を納得させた。
 
 今では、コーヒーは、インスタントコーヒーが普及しているから、手軽に安価に手が届く。普及したのは、通達直後のことである。
 
 現在では、コーヒーよりも紅茶の方が高級・高価なものが有る。
 日本茶の緑茶は1g幾らと。現代版税務署員の常識的心得を、コーヒーは良いがお茶と紅茶はダメ、とでも置き換えようか。
 
 最近、税務署に行ったら、自販機ものですが、とコーヒーを出してくれたところが
有った。納税者がお茶を出すのが饗応と言うのなら、税務署がコーヒーを出すのは「もっと税金を出せ!との強要なのかもしれない」は、言い過ぎかな。
 
 昼飯も食わず、礼儀上接待茶も飲まない。我が国の風習を壊す、世知辛い世の中ですこと。